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仙台地方裁判所 昭和49年(モ)772号 判決 1976年3月24日

債権者

清水智子

右代理人

青木正芳

外六名

債務者

学校法人聖ドミニコ学院

右代表者

武田教子

右代理人

三島保

外一名

主文

一  当庁昭和四九年(ヨ)第二七六号地位保全等仮処分申請事件につき、当裁判所が同年七月二〇日に為した仮処分決定はこれを取消す。

二  債権者の本件仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

事実《省略》

理由

一債務者が学校教育法、私立学校法に基づく学校法人であつて、肩書地において聖ドミニコ学院(幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び専攻科)を設置経営している者であり、債権者が昭和四六年三月東北大学理学部化学科を卒業し、中学教諭普通一級(理科)及び高校教諭普通二級(理科)の各免許を有し、同年四月から同学部非水溶液研究所に研究生として入所研究の後、同四七年四月一日から債務者に教員として雇傭され、右債務者学院の非常勤講師として勤務してきたもので、同年三月九日に同年四月一日から非常勤講師として採用内定した旨の通知を受け、次いで同年四月一日、同日から同四八年三月二〇日まで非常勤務講師を嘱託する旨の辞令を、さらに同四八年四月六日頃には同年同月一〇日から同四九年三月二〇日まで非常勤講師に嘱託する旨の辞令を交付されていること及び同四八年一二月一七日債務者が債権者に対し「念のために言うが、三月までで辞めてほしい。」と告げ、さらに同四九年三月六日には「四八年度の辞令を渡すときあと一年限りだと言つたし、そのつもりで他の先生にも依頼してあるので、清水先生の四九年度の持時間は全然ない。辞令どおり三月二〇日までで辞めていただく。」と告げ、以降雇傭契約が終了したとして債権者に対し、その就労及び賃金の支払を拒否している事実は当事者間に争いがないところ、債権者代理人は本件雇傭契約が期間の定めのない契約であり、仮にそうでないとしても昭和四八年三月二〇日の期間満了後期間の定めのない契約として更新された旨主張し、債務者代理人はこれを争い期間の定めのある契約であると主張する。

よつて以下この点につき判断すると、

(一)  <証拠>を総合すれば次の事実を認めることができる。

1  債務者学院における非常勤講師の取扱

債務者学院の教員は専任職員である専任教師と嘱託職員である非常勤講師とに区分され、後者の採用目的は区々であるが、学院において継続して雇傭する必要のある特別な一部を除けば、学院における各年度ごとの生徒数、授業科目の変動その他に応じて教員の人員を整える目的から臨時に採用されたものである。而して

(1) 雇傭期間の定めのない専任教師と異り非常勤講師の場合には学院の就業規則三二条において雇傭契約の期間を一年未満とし更新を妨げない旨規定され、試用期間、休職、年次有給休暇、退職手当等の諸規定の適用はなく、契約した授業を担当するだけの非常勤であり、クラス担任としてホームルームその他クラス生徒の指導にあたつたり、あるいは生活指導、クラブ顧問、生徒会生活参加などの校務にたずさわつて授業以外に生徒を指導することもなく、職員会議にも参加せず、就業時間の拘束も存在しない。

(2) 又、非常勤講師の給与は担当する授業時間数に応じて時間給で定められるものであり、ただその支給方法としては契約期間に支給する総給与額を均分して毎月支払われるものとされ、債権者の場合にも四月から翌年三月まで毎月均等額を支払われていたものであるが、非常勤講師の時間給与は一般に専任教師のそれに比べて割安でボーナスの支給もないことから専任教師に比べるとかなり不利な取扱を受けていたものである。

(3) 債務者学院においては、専任教師を採用する場合、最初の試用期間(一年間)は常勤の専任講師として採用する慣行であり、非常勤講師として採用する扱いにないのみならず、専任教師を必要とする場合に非常勤講師の中から優先的に採用したり、あるいは一定期間継続して勤務した非常講師について自動的に又は一定の試験によつて専任教師に昇格できる慣行取扱も全く存在しないものであり、少くとも非常勤講師において専任教師となることを期待しうる制度慣行は存在しなかつた。

(4) 一方学院における非常勤講師は毎年六名前後採用され、近年では常に二〇名近く勤務して全教員に占める割合も四〇パーセントに及ぼうとしており、昭和四八年現在において九年以上更新を重ねた者が三名、同じく六年以上の者三名存在するが、これらは他の学校を停年退職した者や学院の専任教師であつた者で学院としては専任教師として採用したいが家庭の事情等の理由から本人がこれを肯んじない事例、あるいは担当時間等の関係から非常勤講師で十分ではあるが、カトリツク司祭、書道講師等特殊得難い分野であるため学院として是非毎年確保したい者等いずれも特殊な場合であつて、それ以外は大学院生を中心として多くの場合一年又は二年で退職している。

又非常勤講師の契約期間が一年未満であり、更新を妨げない旨就業規則に定められていることは前示のとおりであるが、他に更新する規定はなく、更新の反覆を前提とする規定ないしは取扱も存在しない。

2  債務者が債権者を雇傭するに至る経緯

(1) 昭和四七年二月頃、当時の債務者学院の校長であり理事長でもあつた武田教子は、先に出産のために入院していた学院の数学専任教師である大野滋子から、理科の先生に空きがあつたら採用してほしいと債権者を紹介されたが、当時債務者学院では丁度高等学校の入学試験を終えて間もない頃であり、当年度の受験者が非常に多かつたことと、前年度合格者の多くが公立高校に流れる等して実際の入学者が少なかつたので当年度それを見越して余計に採用したことから合格者の数自体多数であつたところに、合格発表後一週間以内に合格者が納める金員(これを納めることで入学が確保されるものであつて入学を希望する者を判断する一資料となる。)の納入率が良好であつたこと、そして当年度第二次入学試験を行なう旨言明していたことから第二次の入学者も考え合わせる等した末、あるいは新入生の数が増え、クラス数も増えるかも知れないと予測すると同時に、いずれにせよ理科については専任教師二名非常勤講師一名の三名でまかないきれない授業時間が六時間程度はあるだろうから、その程度であればなんとかやりくりをして一年間非常勤講師を依頼できるだろうと考え、それでは債権者を面接してみようということになつた。

(2) そして、武田校長としては債権者の免許科目の理科については専任二名と、家庭の事情で非常勤講師となつているが近々専任教師に復することになつている三井シツエとの三名で当面の授業はほぼ担当しうるので新たに理科の専任教師を採用する必要はないと考え、あくまでも新入生の数が増えるかも知れないとの含みのもとに非常勤講師を嘱託するつもりであつたので、その頃学院応接室で債権者と面接した際にも一生教師として自活してゆきたい旨希望した債権者に対し、理科の専任教師は足りているので債権者が専任教師になれる可能性がないことを告げ、専任でなくともよいと答えた債権者に対し、非常勤講師の身分が不安定であり、一年限りの契約であるし担当時間数もはつきりしない、自活してゆくだけの収入がなかつたらどうするかと問い正したのであるが、債権者が、とにかく教師をやりたいので、生活については塾を開くことも考えていると答えたので、あるいは一〇時間程度か場合によつてはそれ以上の授業を依頼するかもしれない旨告げておいたのである。

ところが、その間債権者を紹介した前記大野滋子が双児を出産したことを理由に一年間専任教師を辞退する旨申し述べてきたことから債務者に数学をも担当させることになり、同年三月九日頃、採用内定書と共に理科六時間、数学八ないし一三時間程度の担当を依頼する旨同人に通知したのであるが、その後の公立高校の合格発表、学院の第二次入学試験の合格発表を経て、同年度の学院高等学校の新入生が当初予想もしなかつた四二〇名の多きに及び、クラスの数も前年度の五クラスに対し七クラスと増加することが判明したので、債権者に対し理科四時間数学一七時間の計二一時間を担当させることに決定したものである。

(3) 以上のとおり債務者は債権者を雇傭し、昭和四七年四月一日に前記の辞令を交付したものであるが、債務者としては同日の学院職員会議の後に債権者に学院就業規則を示して説明し、非常勤講師の契約が規則上一年であること等にも触れていた。

3  本件雇傭契約の更新

(1) 昭和四七年八月に学院校長となつた村上武子は、前任の武田校長から右債権者との雇傭契約については一年限りということで依頼してあると引継を受けていたので、同年一〇月頃に作成する翌年度の授業計画から債権者を除いていたものであるところ、同年一一月下旬頃か同年一二月上旬頃に債権者が学院非常勤講師の三井シツエのもとを訪れ、自分は自活しているし将来も自活してゆかねばならないのに来年の講師を断られたらどうしようか、他に就職のあてもないと相談したことから、三井シツエが村上校長にその旨伝え是非来年度も債権者を非常勤講師として働かせてほしい旨懇請し、村上校長もこれに同情し、同年一年だけで断るつもりであつたがなんとか考慮しようと返答し、さらに同校長が武田理事長と協議をして特にあと一年だけ雇傭することになつたものであるが、その際理事長から一年限りである旨債権者に話しておくように特に指示されたことから同校長もその旨了承し、同四八年二月頃学院職員室において、昭和四八年度も非常勤講師として雇傭する旨債権者に伝え、その後の同年四月六日頃同所で前記同四八年度の辞令を交付したものであるが、その際同年度一年限りの契約であるからこの間に就職先を探しておくよう特に付け加えておいたものである。

(2) なお、債権者は学院非常勤講師であつた昭和四七年度、専任教師になろうと宮城県、山形県の教員採用試験を受験したもののいずれも不合格となり、又同四八年二月頃優先して専任となれる宮城学院の講師(化学)にも応募しているが採用に至らなかつた。

4  契約更新後の事情

(1) 又、債務者としては債権者との雇傭契約を再度更新するつもりは当初からなかつたので、昭和四八年九月頃三井英二に示した同四九年度の年間教育計画からも債権者を除外していたし、同じ頃村上校長が三井シツエに対し債権者との雇傭契約が同年度一年限りである旨話してもいる。

そして、その後の同年一二月一七日には前記のとおり村上校長が債権者に対し「念のためにいうが、三月までで辞めてほしい。」と告げ、以降債権者は三井英二らに相談あるいは就職の斡旋を求める一方で債務者との交渉を重ね雇傭の継続を求めたものであるが、一年限りの雇傭契約でありその旨年度当初に伝えてあるとの理由で雇傭契約の更新継続を断られ、同四九年三月二〇日の契約期間の満了をもつて、その後は右を理由に学院における就業を拒否されているのである。

(2) なお、債権者は雇傭契約更新後の昭和四八年六月頃、前記石尾道子に対し、「この学校では専任になれそうもない。校長に来年は他を探してくれといわれているから今年一年ここを足がかりとして他の学校を探さなければならない。講師はこのように身分が不安定であるから、どうせなら専任の口を探したい。どこか理科関係の先生の口があつたら知らせてほしい。」と依頼し、同年七月には家庭科の専任教師及川紀代子に対して「この学校はあと一年の期限しかないし、校長からもあと一年ですよと念を押されているので安定した職を持ちたい。そんなことを考えると毎日面白くない。宮城県の教員採用試験を受けたが落ちてしまつた。どこか先生の不足している県はないか。北海道でもよい。」と相談している。

昭和四八年度の辞令交付の際村上校長が債権者に対し一年限りの契約の明示をした事実がないとの<証拠>は前記の本件雇傭契約更新の経緯及び更新後の事情に照らしてにわかに措信し難く他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  そこで、次に以上の認定事実から当事者間の雇傭契約につき判断すると、

1  そもそも非常勤講師が臨時の職員であり学院就業規則の三二条で一年未満の雇傭契約を締結するものとされ、必要な場合に更新を許すものとされていることは前記のとおりであり、期間の定めのある雇傭契約を予想していることが明らかであるところ、債務者が債権者に対し昭和四七年四月一日に交付した辞令に記載されている同日から同四八年三月二〇日までの嘱託期間も右就業規則の定めに従つたものであるから本件雇傭契約は右期間に限り債権者を雇傭する趣旨であり、右期間の満了をもつて契約が終了するものであつて、債権者も前記のとおり右雇傭契約の一年契約であることを了解していたものである。

従つて、右雇傭契約をもつて期間の定めのない契約であるとの債権者の主張は理由がなく、右雇傭契約が当然に更新されるとの主張も前記認定諸事実に照らして根拠がなく採用できない。

2  右雇傭契約を更新した昭和四八年度の雇傭契約についても右同様の理由から辞令に記載された同四八年四月一〇日から同四九年三月二〇日までを期間とする有期の雇傭契約であり、期間の定めのない契約であるとの債権者の主張はその理由のないことが明らかであるところ、債権者は昭和四七年度の雇傭契約の終了した昭和四八年三月二一日以降も継続して働いておりその間の賃金も受領しているので期間の定めのない契約として更新されたと主張する。

しかしながら、非常勤講師の雇傭契約においてその提供すべき労働とは雇傭契約に定められた授業を担当することであるから、債権者が右昭和四八年三月二一日以降も継続して授業を担当し、債務者もこれに何ら異議を述べずに雇傭を継続していた事実があれば格別、本件において昭和四八年三月二一日以降次の雇傭契約の始期である同年四月一〇日までの間に債権者が現実に授業を担当して稼働し債務者がこれを黙認していたとの事実はなく、かえつて前記のとおり同年二月頃債務者が債権者に対して昭和四八年度も非常勤講師として雇傭する旨伝え債権者もこれを応諾しその後前記のとおり「昭和四八年四月一〇日から昭和四九年三月二〇日まで非常勤講師を嘱託する。」旨の辞令が出されているのであるから、債権者の雇傭期間が昭和四九年三月二〇日までの期間の定めのある契約として更新されたものであることは明らかであつて、期間の定めのない契約として更新された旨の債権者の主張は理由がない。

二債権者債務者間の雇傭契約が期間の定めのある契約であることは以上のとおり明らかであるところ、債権者は、債務者学院における非常勤講師の実態が債権者をして継続して雇傭されるとの期待を抱かしめるものであるから、債務者の契約の更新拒絶は実質において解雇に準じ、解雇の法理の適用を受ける旨主張する。

そこで以下この点について判断すると、

(一)  なるほど最高裁判所昭和四九年七月二一日判決(民集二八巻五号九二七頁)は、期間の定めのある雇傭契約であつても期間の満了毎に当然更新されあたかも期間の定めのない契約と実質において異ならない状態にあつて当事者も右契約の更新継続を当然のこととして期待信頼してきた場合には期間満了を理由とするいわゆる傭止めは実質において解雇であり、信義則上からも許されない旨判示している。

(二)  しかしながら、本件において前記認定によつて認められる次の事実、即ち、

1  債務者学院における教員には専任教師と非常勤講師の種別があるところ、後者の場合は雇傭契約で定められた受持の授業時間だけ登校して授業を担当するものであつて、クラス担任としてホームルームその他クラス生徒の指導にあたつたり、あるいは生活指導、クラブ顧問、生徒会活動参加などの校務にたずさわつて授業以外に生徒を指導するということもなく、職員会議にも参加しない扱いであり、給与も受持授業時間数に応じた時間給で、契約期間は一年未満(原則的にほぼ一年)とされ、年次有給休暇、退職金の定めの適用もないものであること、

2  そして、学院において非常勤講師が一年以上継続して雇傭されることを予想する規定も存在しないし、非常勤講師の中から専任教師を採用する制度慣行もなく、かえつて、学院が専任教師として採用する場合には、その者に対しては最初の一年間(試用期間)常勤の専任教師に嘱託する取扱であつたこと、

3  また債務者学院の非常勤講師は毎年六名程度採用され、その数は全体としてみれば恒常的に全教員の四〇パーセント近くを占めていたが、その中には担当時間の僅少さから非常勤講師として採用しているが恒常的に雇傭する必要のある者、あるいは専任教師として採用したいのであるが被傭者の側の事情からやむを得ず非常勤講師として採用している者など、特段の事情のない限り雇傭契約を更新して継続雇傭することが前提とされている者も六名程度いるものの、債権者を含めたその他の者は、学院における各年度ごとの生徒数、授業科目の変動その他に応じて教員の人員を整える目的から採用された者で、大学院生等を中心として、その多くが一、二年(契約の更新零回又は一回)で契約期間の満了と共に雇傭契約の終了によつて退職しているものであること、

4  そして、債権者の場合も昭和四七年度の新入生が増加した場合の対策として昭和四七年四月一日から同四八年三月二〇日までの一年間雇傭されたものであつて、採用面接の際に債務者において、非常勤講師の契約が一年契約であり、身分が不安定であることを告げ、辞令交付の際にも就業規則の説明をしており、債権者もその旨承知していたものであるし、本件の雇傭契約の更新も一回にすぎず、右更新も昭和四七年度で雇傭契約が終了すると生活にも困るし、契約の更新を断られたらどうしようかと債権者が三井シツエに相談したことから特に更新されたものであり、その際更新後の契約も昭和四八年四月一〇日から同四九年三月二〇日までの一年契約であるからその間に就職先を捜すように告げられ、右期間非常勤講師を嘱託する旨の辞令が交付されたものであること、

5  なお債権者は本件雇傭契約更新後の昭和四八年六月頃、学院教師の石尾道子に対し他校に教師の就職口があつたら斡旋してほしい旨依頼し、さらに同年七月にも学院教師の及川紀代子に対し同様の依頼をしていること、

等の諸事実に照すと、債権者債務者間の雇傭契約が実質において期間の定めのない契約と異ならない状態であつたとは認められないし、債権者において昭和四九年度以降も契約が当然更新され継続して雇傭される旨期待する客観的状況にもなかつたものであることが明らかである。

三してみると、債権者と債務者間の雇傭契約は昭和四九年三月二〇日の期間満了によつて終了するものであつて、その傭止めに解雇の法理を適用する余地はないものと解すべきであるから、その余の判断を待つまでもなく、債権者債務者間の雇傭関係は前記期間の満了をもつて終了したものというべく、雇傭契約が存続する旨の債権者の主張は結局疎明がないことに帰着し、保証をもつてこれに代えることも相当でないから、本件につきさきになされた主文第一項掲記の仮処分決定を取消して仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(伊藤和男 後藤一男 宮岡章)

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